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2007/06/25

信長と十字架

Nobunaga01 信長と十字架  「天下布武」の真実を追う

信長による天下統一への動機付けから破綻までを論考。

イエズス会から統一を託され、神を自称するまでになったため結果的に滅ぼされたとする。

また、彼自身潜在キリシタンであり、イエズス会の影響下の潜在キリシタン公卿の働きかけによって勅命も受けていたと推測する。

今までの説とは大きく異なるが、納得させられることが多かった。

1.「天下布武」は「天下静謐」

「天下布武」は信長による「天下統一」ではなく、天皇の下で「天下静謐」を目指す。

「天下布武」印で将軍義秋(義昭)へ手紙を出している。

通常「天下統一」であれば将軍を超えるという宣言の印の手紙を将軍義秋が受け取るはずがない。

当時「天下布武」=「天下静謐」であったため、大きな問題とならなかった。

2.信長は「潜在」キリシタン

彼自身仏教を弾圧したと思わないが、考え方がかなり合理的であったことから可能性は有ると思う。

安土城に自分を神と見立てた神殿を作ったことからも「信長本人」=「GOD」と考えていたんじゃないだろうか。

これはイエズス会の想像を超えるところまで増長したとも言える。

3.信長無き後の秀吉への収束の早さ

「信長」から「秀吉」へイエズス会が乗り換えた。

光秀が存命であったときから朝廷が「秀吉」に太刀を渡して「次は君がトップです!」と認めた。

潜在キリシタン公卿が自分達の「信長殺し」に加担したことを秀吉に見逃して貰うことの見返りであった。

4.信長の要求した改暦はグレゴリウス暦

グローバルスタンダードである最新の暦・グレゴリウス暦へ改暦を迫った可能性はある。

暦を作るのは天皇家の専売特許であり、これにより天皇家側の危機感が高まった。

一方疑問点もある。

1.イエズス会にとって日本の平和はどうでもいい

日本を植民地にするため、天下統一されていない方が都合が良い。

「天下統一」した後中国へ攻め込むことを目論んだとすれば理解できるが、現実性が低い。

2.「信長」がいなくても「信忠」がいた

当時、信長は信忠へ家督を譲っていた。

光秀の謀反により信長が討たれたとしても信忠が残っていたらパーだ。

有力な家来(秀吉、勝家などなど)が信忠を担げば、天下統一への道のりは遅れたとしても前進を続ける。

3.天皇家が残る

秀吉も結果的に天皇家を残す判断をした。

「治天の君」の概念はイエズス会と一致しないと思う。

当時の状況からイエズス会が日本国内に与えた影響が大きかったことについて賛成する。

それだけで全て解決するのは難しいが、真実に一歩近づいた感じだ。

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